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「新潟市の政令指定都市に向けた取り組みについて」
新潟市は平成19年4月1日に本州日本海側初の政令指定都市に移行した。市川市が今後の大きな課題として取り組もうとしている政令指定都市について、新潟市がどのように取り組んで来たのか、緑風会メンバー6人が新潟市を視察して、企画調整課の方に話を聞いた。以下はその概要である。
新潟市周辺市町村合併・政令指定都市移行への流れ

昭和62 年12 月に新潟県下越地区商工会議所会頭会議が「新潟100 万都市経済圏構想」を提唱し、経済界から新潟に大都市を望む声がまずあがった。
市町村合併法の特例が強化され、合併特例債の元利償還金の7割を国が負担するという合併に有利な制度が創設された平成13年1月1日に、新潟市は黒崎町と合併した。その年の2
月には新潟県から合併パターンが示され、8月には国から「政令指定都市の指定の弾力化」の方針が明らかにされるなど、「合併」「政令指定都市」に向けての気運が高まった。
翌、平成14年5月には、新潟市議会が「政令指定都市の実現を目指す決議」を議決、その後周辺の自治体との間に任意の「新潟地域合併問題協議会」が度々開催され、民間においても商工団体を中心に「新潟市政令指定都市推進産業人会議」が発足(平成15年10月)、県との間でも平成15年11月に「政令指定都市移行に係る新潟県・新潟市連絡会準備会」が発足するなど、各面で「合併」「政令指定都市移行」へと進む環境が整って行った。
平成16年には新潟市周辺12市町村の合併が合意され、1度は合併を問う住民投票が否決された新津市長が辞職して再度立候補し、再び行った住民投票賛成の結果とともに再選を果たし、12市町村に新津市も加わった新津市の合併にあたっては議論が提起され、「警察署の所管はどうなるのか」「町内会の区割りが変わっては困る」「合併し政令指定都市になっても旧名の区割りを使え」などの声もあった。旧名を残すかどうかについては、新津市に限らずどの自治体でも激しい議論があった。アンケート調査や、市長が直接集会に出向いて話を聞いたりもした。
そして、13市町村が平成17年3月に合併を果たした。同年10月には巻町も合併に加わった。12月には新潟市議会が「政令指定都市の実現に関する意見書」を議決。以後県や国に対する働きかけを強め、平成18
年10月、国は新潟市の政令指定都市移行を閣議決定。
10月に政令が公布され、翌年4月、「政令指定都市」新潟市が誕生する事になった。合併時の人口は81万3780人、面積は726.10kuである。
合併・政令指定都市移行に伴う事務・事業の調整

合併し、政令指定都市に移行するに当たり、一番問題となったのが、区割りと名称の問題だった。政令指定都市に移行した自治体の例を見ると、政令市の区割りと自治区の名称を一度に定める自治体と、区割りを定めてから自治区の名称を二段階で決める自治体がある。新潟市は後者の例にならった。区名に旧市町村名を使うかどうかアンケートを実施したり、市長が出向いて話し合ったりもした。新市の区割り・名称決定については最終的に審議会の審議に委ねたがそれは良かった。市長が辞職した新津市では「区割りがおかしい」「旧名を使え」「区に警察署がない」「町内会で区割りが分かれたら困る」などの苦情が出ていたが、審議会で議論してもらい答申をもらって解決した。
区名が決まるころから事務の中身の協議に入っていった。合併市町村の行う事務・事業は原則として新潟市に統一する事とした。ただし、それぞれが独自に実施しており、直ちに廃止するのが困難なものについては、経過的に存置することとした。
県からの権限移譲の実情

平成16 年7 月に県市で「政令指定都市県市連絡会議」を設置し権限移譲に向けての協議が開始され、17 年11 月には県市間で事務移譲等に関する基本協定が締結された。事務の件数は都道府県により捉え方が違うが、新潟県の場合1113事務が新潟市に移譲されることになった。
1.法令等に基づく移譲事務 826
2.事務処理特例条例による移譲事務 255
3.県単独事業実施事務 32
2.は県市間の協議で県条例で任意に移譲される事務であるが、この中には新潟市が強く希望した、農業都市として権限行使したい「農地転用等の許可」、市民との協同を積極的に進めるための「NPO法人の設立認可」などの事務が含まれている。
県との協議で一番大変だったのは財源移譲の問題である。新潟県は財政状態には厳しいものがあり、事務・事業の移譲とともにどれだけの財源を県から市に移譲するのか。この協議が予定より3
ヶ月遅れて決着した。
権限移譲をめぐる県との協議

県の事務を県単(県単独事業)で32 も移譲されたのは、成果であるが苦労も多かった。
新潟県の「単独事業」であるので、国の助成なしに新潟市に移譲するにあたり、特に乳幼児から高齢者までの医療費助成が争点になった。「市が行うのはよいが、市民も県民税を納めている、県も応分の負担をするべきだ」というのがこちらの主張だったが、結局、経過措置を設け、県の負担を徐々に減らして4年目に0
にすることで妥結した。政令市に移行した先行市がこの方式で妥結していたというのが大きな理由で県負担金を無くさざるを得なかった。
法令に基づいて移譲される事務の中で、「児童相談所の設置」については、市が受けた上で、受け皿が整うまでの間は市が県に委託する。国県道の建設・維持管理に関する借金の返済は、今後の国からの助成が来ることになっている(普通交付税)以外は市が負担する。
県・指定都市が発行を許可されている宝くじの収益金については、こちら(新潟市)が「県内各地での売上高」に基づいて配分せよ(宝くじ購入者の大部分が新潟市民)と主張したが、その検証が困難なことにより、人口按分で配分することになった。河川管理も、移譲をとりつけたが、国管理の1
級河川以外では今のところ市民生活に密着して新潟市が管理すべき河川はないので実績はない。
総額約163億円程度の県債の返済を引き受けたが、これらは平成37年度を目途に返済していく計画である。
財源移譲問題で新潟県との協議が予定より3 ヶ月も滞った。新潟同様、千葉県財政も苦しいと承知しているが、財源移譲問題が大きな課題となるだろう。
政令指定都市移行をめぐる国との協議

政令指定都市になるためには、国にも働きかけねばならない。まず、総務省。新潟市がいかに政令指定都市になるのがふさわしいのかということを訴えた。社会資本、福祉・・・どれをとっても他の政令市と比べても遜色はない、組織、職員数、給与、財政など、新潟市の状況を約1
年かけて説明した。その後改めて要望書を総務省に提出した。その後総務省の幹部をはじめ、関係省庁の幹部に説明を繰り返して、閣議決定にこぎつけた。その間には、政令指定都市合併市町村による政令指定都市実現に向けた事務協議の進み具合についても、適宜報告するように努めた。
政令指定都市に移行してのメリット

政令指定都市になり1年が経過するが、その良さが市民にまだ実感として伝わっていない。本格的な市民の意向調査も行っていないのでまだわからない。
目に見える効果としては、企業誘致が進んでいる、中高層マンションの建設ラッシュが起きている、雇用の確保が進んでいる、児童相談所の相談件数が2
倍に増えた。国県道の維持管理の事業が移譲され道路の補修も簡単になり、市民の話を直接聞いて対応できるようになった。新潟中越沖地震の風評被害を防ぐ際には、政令指定都市間の連携もとることができた。市職員への就職希望者も増えた。
区制となったことで、土木事業などが区内で処理できるようになった。1 区2000万円、1事業50万円を上限に予算の執行権が与えられている。合併して「行政が遠くなった」という声も聞くが、小学校区単位に地域コミュニティ協議会を組織して地域の声を集め、その代表を地方自治法で定める区自治協議会の構成員にすることで意見のとりまとめを図っている。区自治協議会は1区30人で、委員にはボランティアとして活動していただいている。各区ごとに1年間かけて独自の町づくり構想である「町づくり計画」を策定してもらっているが、まもなくその冊子が出来上がることになっている。
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